新たな非武装地帯?

真部永地(eichan

2013.10.11-12

 

高桑先生は、「カミキリ学のすすめ」の中で、コブヤハズ属の4種は、互いの分布接点で非武装地帯を

形成し、それを維持することによって4種それぞれの独立性を保ってきたが、拡大造林政策により非武装

地帯が崩壊した。その結果、遺伝子浸透が確実に生じており、したがって種としての独立性が脅かされて

いると論じている。 (高桑正敏;非武装地帯の崩壊がコブヤハズ群にもたらしたもの,

「カミキリ学のすすめ」海游舎,2013

しかし、非武装地帯の形成がそのような合目的に説明されて良いのだろうか?

近縁の2種の分布が隣接するところに、両者のどちらの生息数も極端に少なくなる非武装地帯が生じる

ためには、非武装地帯が生じる必然的なメカニズムがなければならない。

 

かつての非武装地帯が崩壊し、2種の分布が重なった後、今新たに非武装地帯が形成されていると

思われる地域がある。

かつてのフジコブヤハズの生息地にコブヤハズが侵入したとされるH野川流域である。

H野川右岸では、フジコブヤハズの特徴を併せ持つコブヤハズが採れることで知られている。

私は、2009年に同地を訪れ、コブヤハズ4個体(13♀♀)を採集しているが、明らかなコブヤハズは

1♂だけで、♀はどれもコブヤハズにしては寸足らずで、フジコブのような輪郭であった。

1♀は、側稜に小顆粒の縁取りがあったが、1♀は縁取りの小顆粒がまばらで、1♀はエリトラ全体の

小顆粒もまばらでのっぺりとした印象であった。

 

<フジ−コブヤハズ中間個体♀;2009

 

この時は、H野川の源流域や左岸まで探索することはできなかった。

ただ、「奥の方は採れない」という情報が気になっていた。

 

関西に戻って厳しい環境でのコブ採り修業を積み、今ならほぼ採りこぼすことはないだろう。

つまり、極端に採れなくなる非武装地帯の判断ができそうである。

ということで、同地を久しぶりに訪れ、特に奥の方から対岸(左岸)を中心に探索することにした。

 

H野川右岸のコブヤハズエリアは素通りして、G自然園駐車場に11時過ぎに到着。

紅葉が始まっているが、平日のためかハイカー、観光客は一人もいない。

 

 

H野川の源流域から左岸まで探索しても何も落ちてこない。

ヤマブドウが藪の上から足もとまで覆う最優良物件。

いくらでも叩きどころはあるのに、見事なまでに落ちてくるのは、ゴミムシとハサミムシばかり。

 

 

 

日没直前まで粘ったが、結局はフジコブもコブヤハズも中間個体も得られず。

宿に向かう途中の林道沿いをヘッドランプで照らしながら叩いてみると、normalコブヤハズ♂♀が

立て続けに落ちてきた。

 

 

 

 

形も顆粒の状態も、紛れもないコブヤハズだ。

 

2日目は、右岸のコブヤハズを少し追加して、左岸の林道を下から上がることにした。

 

 

H野川右岸は、カラマツの植林の林縁に広葉樹が生えている。

『非武装地帯の崩壊』が起こったとされる典型的なシチュエーションである。

コブヤハズたちが好むミヤマハンノキの枝が折れて地面にまで垂れていた。

枝先を少し持ち上げてネットを差し入れて、叩くとコブヤハズ♀が2つ落ちてきた。

2頭とも多少は寸足らず気味で、白紋が明瞭だが、normalコブヤハズだった。

 

 

 

さらにnormalコブヤハズ♀を追加して、対岸(左岸)に移動した。

左岸の林道沿いではフジコブが採れるらしい。

しかし、残念なことに数年前から林道はゲートで閉鎖されていた。

右岸も左岸も下の方は、スギの植林で、コブが採れそうにない。

それでも林縁には広葉樹が生えているので、少し歩いて登ってみた。

何も採れないままに、撤収の時間となった。

 

今一つ、消化不良な採集行になってしまった。

しかし、右岸ではコブヤハズが確実に採れるのに、奥(源流域)に行くと極端に少なくなることは

間違いなさそうだ。

対岸でも奥の方ではフジコブは採れず、明らかに非武装地帯が形成されている。

非武装地帯は崩壊するばかりではなく、形成されてもいるのだ。

 

また、右岸のコブヤハズエリアでは、2009年には半分以上が中間個体であったのに、

今回はすべてノーマル個体であった。コブヤハズに収束しつつあるように思われる。

最近ここを訪れたムシ仲間も口を揃えて、「中間個体の割合が減っている」と言う。

 

<フジ−コブヤハズ中間個体♀;2009

 

 

最後に『非武装地帯』の形成過程を考察してみよう。

この辺り一帯は、本来はフジコブヤハズの分布域であったことは、ほぼ間違いないようである。

そこへ、北側に分布していたコブヤハズが何らかのキッカケ(カラマツの植林?)で分布拡大

してきたらしい。

植林のための伐採が分布拡大のキッカケになることは想像に難くない。

分布境界で森林伐採が行われれば、成虫・幼虫のエサが大量に供給されるので、両者が

大量に流入してくることだろう。

当然、そこはコブヤハズ・フジコブヤハズの交雑の場になったに違いない。

 

ここで、♂の交配相手の選択性に差があったとする。

すなわち、フジコブ♂は同種のフジコブ♀を交配相手に選択する傾向が強く、

コブヤハズ♂は、より見境なく、同種のコブヤハズ♀と同様にフジコブ♀にも交配を迫った

とすると、コブヤハズ♂→フジコブ♀の交雑が、フジコブ♂→コブヤハズ♀の交雑よりも頻繁に

起こることになる。

その結果、コブヤハズが中間個体を増やしながら分布拡大し、純粋なフジコブヤハズが数

(生息比率)を減らすことになる。

 

 

コブヤハズの分布拡大の勢いが強く、H野川右岸からH野川源流域を越えて、H野川左岸

上流域にまで達し、急速に中間個体を増やしたのだろう。

異種の交雑による雑種(hybrid)は通常は生殖能力がなく、雑種が累代を重ねることはない。

これは、異種間では染色体数が異なり、生殖細胞を作るときに行われる減数分裂の際に、

相同染色体がペアリングできず、染色体が各々の生殖細胞に正しく分配されなくなるためである。

一方、コブヤハズ属間では染色体が同数のままで、相同染色体がペアリングできるために、

生殖可能な雑種が生じているのだろう。

しかし、既に種分化が進んでいて、相同染色体に多少の変化が生じているために、

減数分裂の際に不均一に染色体が分配される染色体異常が生じる確率は高くなるだろう。

そして、必須遺伝子が正しくペアで遺伝されないケースが頻発することだろう。

その結果、中間個体間で累代を繰り返すと異常個体が急増し、中間個体群が消滅してしまうことになる。

 

H野川右岸からH野川源流域を越えて、H野川左岸上流域にまで達した中間個体エリアでは、

純粋なフジコブが急速に生息比率を減らし、中間個体の比率が高くなっただろう。

ここにコブヤハズの分布拡大が継続されれば、中間個体エリアのコブヤハズ側(右岸)は

コブヤハズに収束し、中間個体エリアが源流域から左岸側へと移動していくことになる。

ところが、例えば、牧場の開拓や林道の舗装工事などにより森林の分断、あるいはグリーンベルト

が極端に狭くなるようなことが起これば、コブヤハズの分布拡大が止まり、中間個体エリアが

孤立してしまう。

そして、中間個体群の消滅が起これば、そこにはコブヤハズもフジコブも極端に生息数が少ない、

非武装地帯が残ってしまうことになる。

 

上記の考察には多くの仮説を含んでおり、それを確かめるデータはまだ得られていない。

ただ、科学現象の推理としては、矛盾がないのではないかと思っている。

 

                                                   2013.10.22 記

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