M高高原のコブ達

真部永地(eichan

2013.09.20-21

 

コブヤハズ属の各種の分布域の間には、かつてどちらも採れない『非武装地帯』があったが、

人為的な『拡大造林政策』―針葉樹の植林によって『非武装地帯』が崩壊し、

各種の分布が接するようになったといわれる。

(高桑正敏;非武装地帯の崩壊がコブヤハズ群にもたらしたもの,「カミキリ学のすすめ」海游舎,2013

一見、植林の影響がないように思えるところにも分布接点があるが、間接的な影響があるのかも

しれないし、すでに崩壊してしまった『非武装地帯』の存在について、検証する術もない。

ただ、コブヤハズ属が種分化の真っ只中にあり、ようやく4種に分かれたものの、

まだ遺伝的、あるいは生殖器官的に極めて近縁で、分布接点において、面白い現象を起こしている

ことに堪らない興味を覚え、惹きつけられてしまう。

 

人為的に交配を続ければ、交雑個体同士から累代を重ねることが可能で、厳密な意味では

種分化できていないとの考えもある。

実際に、分布接点では中間個体エリアが形成されている。

すなわち、元の2種よりも多くの中間個体が生息し、明らかに中間個体同士が生殖し、増殖している。

しかし、そのエリアが広がらない。

分布接点の狭いエリアに中間個体エリアが形成され、そのエリアが少しずつ移動する様子が観察できる。

この現象についても、多くの報告があり、私自身「O嶽山のコブ達」で確認している。

 

O嶽山のタニグチ−マヤサン中間個体♀;2012

 

「カミキリ学のすすめ」で、高桑先生は、「遺伝面の重要性をもちろん認識しているが、

自然史により形成されている分布・形態状態も重きをおいている」との理由で、コブヤハズ属の4集団を

それぞれ独立種として扱うと述べられている。

私は、「O嶽山のコブ達」で「マヤサンとタニグチの分化は亜種レベルで、別種にはなっていないように

思える」と述べたが、「他のコブ達の関係についても、仮説を持っているが、調査不十分なので、もう少し

調査できてから投稿することにしよう」とも書いた。

実は、私も高桑先生の考えを支持している。

ただし、「遺伝子浸透が確実に生じており、したがって種としての独立性が脅かされている」との考え

には異論を持っている。

つまり、先生のお考えよりも種分化は進んでおり、「種としての独立性は脅かされていない」と

考えている。

先にも述べたとおり、分布接点では中間個体エリアが形成されているが、その中間個体エリアは

移動するけれど、拡大しない。

これは、中間個体同士が生殖可能で累代しているが、遺伝的に不安定で累代を重ねるうちに衰退し、

元のどちらかの種に収束してしまうことを意味している。

 

しかし、分布接点の近傍では、分布接点から離れた地域の個体群に比べて、相手側の種の形質に

近い形質を示す個体が多いことが報告されている。

これを「交雑の名残として、相手側の血(遺伝子)を受け継いでいる」と考える人が多いようである。

はたしてそうだろうか?

分布接点近傍では、人の植林活動が行われるよりも遥か昔から、例えば気候の変動により、

分布接点の移動が繰り返されてきたのではないだろうか?

種分化によって、中間個体群は遺伝的に不安定になり、累代を重ねると衰退し、

どちらもほとんどいないエリア;いわゆる『非武装地帯』が形成される。

しかし、気候変動などの原因で個体群の移動が余儀なくされると、2種が分布を接するようになる。

これを繰り返しながら種分化が進んでいった、つまり分布接点近傍は種分化が進行した名残が見られる

エリアと考えてはどうだろう。

交雑の名残の形質が現れるのではなく、共通の祖先の名残が現れているのである。

分布接点から遠い個体群ほど、種が分化してからの移動距離が長い、つまりより多くの世代交代を

繰り返しているのである。

その結果、共通の祖先から受け継ぎながら発現されなくなった遺伝子は、より変異して、

もはや発現し得ないほどに破壊されているだろう。

一方、種分化進行エリアでは、祖先の遺伝子を受け継ぐ個体同士の交配が継続しているため、

何かの拍子に祖先の遺伝子の形質が発現することがある。いわゆる先祖返りである。

その結果、種分化したものの、このエリアでは互いに多少なりとも似た形質が発現されている。

このように考えた方が、自然だとは思わないか?

「先祖返り」の典型。それが「謎だらけの『黒紋コブヤハズ』」だと考えている。

謎が解けるように思えないか?

 

前置きが随分と長くなったが、『黒紋コブヤハズ』のルーツを求めるのが、今回の調査の目的である。

 

<ヤマブドウの海;2009

 

私は2009年に一度このエリアを調査している。

といっても、皆がコブ採りを行うのと同じ、笹薮をヤマブドウが覆う「ヤマブドウの海」エリアだ。

その時の成果は、ノーマルコブヤハズ:2♂♂7♀♀、黒紋コブヤハズ:2♂♂であった。

採れた黒紋コブヤハズは、白紋が黒い以外の特徴はコブヤハズそのもので、

その黒紋もマヤサンのように顆粒の密集を伴うものではなかった。

また、このエリアではマヤサンコブヤハズは1頭も採れなかった。

つまり、黒紋を発現する遺伝子の由来をマヤサンとの交雑に求めるのは無理があった。

 

<黒紋コブヤハズ♂;2009

 

林道を奥に進み、O見山峠に向かって登り始めると、チュウブマヤサンコブヤハズばかりが採れた。

その間には、大きくはないが両側が急斜面で形成された沢があり、この沢が分布境界であることは

明らかだった。

しかし、コブ採りテクの未熟な当時の私には、この沢の周辺ではどちらも採ることができなかった。

 

今回は、この沢の周辺を調査し、本当の(狭義の)分布接点での中間個体と

いわゆる黒紋コブヤハズが、まったく別物であることを示したい。

 

さて、初日。

お昼頃に、いわゆるコクモンコブヤハズエリアに到着し、林道脇を叩いてみた。

最初に落ちてきたのは、前回採ることができなかった無紋コブヤハズ♂だった。

黒紋コブヤハズの黒紋が消失したものらしい。確かに黒紋の痕跡のようなものが微かに残っている。

次に、タダコブ♀と黒紋コブ♀が同時に落ちてきた。

 

 

 

とりあえず、3type揃ったので、昼食を摂って、分布境界の沢の傍に車を移動した。

(ヤマブドウの海は素通り)

沢の向こう(右岸)、チュウブマヤサンエリアは、日当たりが良くないのでヤマブドウが生えず、

叩きどころを探すのに苦労する。

でも、厳しい環境の関西で修業した今なら悪いなりの叩きどころを見つけられる。

難なくチュウブマヤサン♂♀ゲット。

 

 

エリトラの中央が少し盛り上がり、側稜が盛り上がりの後縁部に回り込み、ここに顆粒が集中している。

その顆粒の塊の下に黒紋があり、そこから側稜がエリトラ先端に向かって伸びている。

そのため、黒紋の位置で、側稜が不連続になる典型的なチュウブマヤサンの特徴を示している。

 

沢の手前側(左岸)に戻って叩いていくと、フキの葉の上に溜まった枯葉の上に黒紋コブ♂が

鎮座していた。

さらに、黒紋コブ♀、タダコブ♀が落ちてきた。

ほとんど下見気分の初日から、かなり良い感じだ。

 

 

 

2日目が本番。

 

 

この辺りは浸食されにくい砂岩層の上が台地状に、その下が急斜面になっている。

分布境界の沢は二股に分かれ、台地を3つのエリアに分けている。

台地に上って、横移動で沢の2つの支流を渡っていければ、分布拡大の状況が確認できるはずだ。

 

まずは、沢沿いを奥に詰めようとしたが、急斜面が迫ってくるばかり。

ただ、沢自身は狭く、倒木が橋を造り、両側の木々の枝が絡み合っている。

沢がさらに狭くなる台地の上では、コブヤハズが難なく行き来できているはずだ。

なお、コブヤハズは谷の底を好まず、沢沿いを叩いても、まず落ちてはこない。

 

 

とにかく、手前(左岸)のコブヤハズエリアの上に上ってみることにしよう。

沢から少し戻るように斜めに上って稜線に出ると、傾斜は比較的緩やかになる。

とは言ってもかなりの急斜面。

ブナとミズナラを中心に様々な木々が生い茂り、どれもが雪の重みで根曲りになっているので、

これを手掛かり足掛かりにして、やっとのことで登った。

 

 

台地の上は、予想通りの笹薮で、横方向の移動はできそうにない。

また、下手に奥に入ると、迷子になりそうだ。

登ってきた稜線の上のブナ、ミズナラの大木を目印に、その位置を確認しながら付近を探索。

うまい具合にブナの立ち枯れが倒れてできたギャップがあった。

ブナの倒木の枝にオオカメノキやカエデが押し倒されて、いかにもコブ好みの環境だ。

 

 

振動を与えないようにソロソロと近付き、良さそうな枯葉を手に取ると、入っていた。

目の上に白眉毛の白黒紋コブヤハズ♀。

コブの側稜と紋の位置関係や紋の形状が、チュウブマヤサンの形質を持つコブヤハズであることを

示唆している。

狙っていたものが採れた!

これは幸先良いぞと思ったが、甘くはない。まったく追加は得られず。

 

 

横移動ができないので、登ってきた稜線を下り、沢を渡って、次のエリアを登り始めたが、

細い木が密生して、お城の忍者返しのように根曲りしているので、とても登り難く、

しかも台地までの標高差が先程の倍ほどあり、「これは無理」と諦めた。

 

沢の開けたところで昼食を摂り、最後はチュウブマヤサンサイドに上った。

こちらはさらに急斜面で、足元がぬかるみ、根曲りの木々を鎖場の鎖のように手繰りながら

登って行った。

こちらも台地上は笹薮。

先程のようなギャップが都合よくあるはずもなく、身をかがめて見渡すと、

束ねられたような笹の間にカエデの枯葉がたくさん並んで挟まっているのが見えた。

「あそこしかない!」

 

 

振動を与えないように慎重にアプローチして、手前のササを手前に引き倒し、ネットを下に差し入れた。

束状のササの間にステッキを差し込んでグイッとこじ開けると、枯葉と一緒にコブがネットに落ちてきた。

エリトラが平坦で、側稜が連続したコブヤハズtypeのチュウブマヤサン♂だった。

 

 

7時間で2頭。かなり疲れた。

林道に戻って、フラフラ歩きながらその辺を叩いてみても、昨日散々叩いたところでは

何も落ちてくるわけがない。

疲れも取れてきたところで、昨日叩いた続きのエリアを叩いてみた。

コブヤハズエリアなのに、チュウブマヤサン♂が落ちてきた。

よく見ると、紋の形状は顆粒を伴うチュウブマヤサンtypeで、側稜は紋の位置で途切れない

コブヤハズtype

先程、マヤサンサイドの上で採ったのとそっくりだ。

タダコブ♂♀を追加して、2日間の調査を終了した。

 

 

分布境界を成す深い沢の周辺は、黒紋コブヤハズの出現頻度も高かったが、種々の中間個体が見られた。

冒頭に述べた分化名残ゾーン説を裏付けるのに十分なデータではないが、

狙ったエリアで狙った中間個体を得ることができた。

 

申し遅れたが、私は2種の交雑によって生まれた、いわゆるF1と思われる個体のみをhybridと呼び、

それらが生殖して増えていると思われる個体群に対しては、中間個体と使い分けることにしている。

 

3日目は、峠の手前と峠を越えた長野県側のM尾川右岸で、比較のためのチュウブマヤサンを

サンプリングして、帰宅の途に就いた。

 




                                                                              2013.10.21 記

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